人気ブログランキング | 話題のタグを見る

六塚光公式ブログ


by crax_alexey

「狼が来た、城へ逃げろ」の新訳の話

「愚者が出てくる、城塞が見える」(J・P・マンシェット、光文社古典新訳文庫)読了。
 金持ちの甥っ子の世話役として採用され、精神病院から出てきたジュリー。ところが彼女を待っていたのはいきなりの誘拐事件だった。甥っ子と一緒にさらわれたジュリーはなんとか誘拐団の手から脱出したが、誘拐団も黙ってはいない。かくして残虐行為てんこ盛りの逃亡アンド追跡劇が始まった、という話。

 えーと、この本がセリ・ノワールというレーベルから出たことでノワールというジャンル名が確定したという理解でいいんですよね。いやー、クソ面白かった。正しくノワール。夕叢霧香なみに真のノワール。ノワールと銘打った作品を読んで「これをノワールにカテゴライズしていいんじゃろか」と迷うことが結構多いのだが、これはノワール中のノワールと言い切れる。カラマーゾフとかいった文学作品を出しているというイメージが強い光文社古典新訳文庫が、なんでこんな残虐行為博覧会的な作品を出したのか不思議に思える。

 ノワールの定義ってなんだろうなあ、と常々迷うところがあったのだが、これを読んでとりあえず一定の見識を見出したような気がするね。

 ジュリーの残虐行為は「そこまでする必要はないだろう」と思えるが、同時に「でもついうっかりここまでやっちゃうよねー」とも思える。必然性はないが、蓋然性はあって、そこのところに共感してしまう。不思議なことに。この感覚はなんじゃろか、と考えてみると、ジュリーの行動はあくまでも自己防衛本能に基づいたものであるということが肝要ではないのだろうか、という気がしてきた。よく考えれば「ポップ1280」の主人公も、自己の立場を守るのに汲々としていた奴ではなかったか。「ダーティーホワイトボーイズ」のラマーも、自分のケツ穴を守るために人殺しをして、結果脱獄珍道中を始めたのではなかったか。

 と思索を進めてみると、「自己防衛本能の発露」というキーワードはノワールというジャンルにとって結構重要な部分を占めているのではないかと思えてくる。なんらかの外敵原因によって根源的、動物的本能を呼び起こされた人間が、獣性を発揮する。文明社会の中にあっても人の心の内には獣性が潜んでおり、それは特定の人間にだけではなくすべての人間が持ち合わせている暗黒の部分である。その暗黒を白日のもとにさらけ出すのがノワール小説なのではないだろうか。

 最終的な定義とは言わないが、一つの意見を得られたような気がするね。ほんと、ノワールって俺にとって謎なジャンルなのよ。わけがわからないのにやたらとクソ面白い、っていうね。うまいこと自分の著作に活かしてみたいものだ。
by crax_alexey | 2009-12-14 18:26 | 読書